まほろば紀行~つれづれなるままにレトロに生きる

日々の雑感や昭和レトロ、素人の投資ことはじめを語ります。

カタカナ語が多すぎる―競争馬名にも余波?

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人生の第4コーナーは差して勝ちたい。(改修前の京都競馬場

あなたの思い出に残る競走馬はなんですか?

そう尋ねた場合、たいていの人はG1馬の名前を挙げると思うが、逆に負けすぎて有名になった高知競馬のハルウララなんて超脇役を挙げるあまのじゃくもいるかもしれない。

それにしてもハルウララ武豊も鞍上になったこともあるし、なかなかいい名前だ。

マスコミも平気で使用

ところで、競馬新聞ならカタカナの馬名が紙面に氾濫してるのは当たり前だが、政府の文書や会見でカタカナ語の頻出が止まらないのはどうしたものか。

もともとその傾向は平成の頃からあったが、そのままマスコミも使用しているから始末に負えない。

クラスター、ロックダウン程度はまあいいとして、ソーシャルディスタンス、エッセンシャルワーカー、ヤングケアラー等々、カタカナ語だらけ。おまけにどんどん長くなっている。

エッセンシャルワーカーは、日常生活に必要不可欠な仕事を担う労働者ってことらしいが、そのまま使って高齢者が分かると思っているのだろうか。

ヤングケアラーもそう。普通に「家族の世話をする子ども」って言えばいいだろうに。

そう思いませんか。

結局、科学にしても医学にしても、いまだに海外の学問・研究のほうが進んでおり、その専門用語や概念をそのまま取り入れるから、こういうことになるのだろう。

取り残される高齢者

カタカナ語の氾濫で迷惑するのは結局、国民だ。

今月の読売新聞で、橋本五郎・特別編集委員がコラムでこの問題に触れ、「それにしても使いすぎではないか。高齢者は完全に置いてきぼりにされている」「新聞を開けばあれもこれもカタカナ文字。いったい日本の言葉は何処へ行ったのか」などと問題視されていたが、まったく同感だ。

さかのぼれば東日本大震災の時もそうだった。

モニタリング・ポスト、ベント、メルトダウン、ストレス・テスト等々。

この国はマニュアルにない危機的状況になるとあたふたし、あわてて専門家を集めて検討させ、いろいろ面倒な手続きを踏んだ上で、最後にようやく政治判断するというのが通例のようだ。

だから、決断がやたらと遅い。

今回の緊急事態宣言の発令もそう。

競争馬名もナガクナリニケリ

冒頭の話に戻るが、競走馬名の文字数も近年、増加傾向にあるようだ。

競馬評論家の井崎脩五郎さんによると、皐月賞の場合、創設から3年間と最近3年間の馬名を比較した場合、平均文字数は5.3から7.2に増加していたという(『サンデー毎日』4月25日号の同氏コラム「予想上手の馬券ベタ」参照)。

井崎さんは「こうなった理由は、外国語の使用が多くなったことがいちばんと思われる」と指摘している。

おそろしや。馬名にも外国語が使われる頻度が増えているとは。

まあわかりやすく、なじみやすかったら、短くても長くてもいいのだが、昨今のカタカナ語の氾濫はやはりいただけない。

東京五輪の規定集も「プレーブック」ということを最新知った。

なんやねん、それ。聞いても意味わからん名前つけるな。

関西のおっさんは、やはりいちゃもんをつけたくなるのである。